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2007年04月05日

心理学〜目の前の子どもの姿から出発する

今まで見てきたように、子どもについての理念や制度、研究は歴史的に大きな進歩をとげてきました。
しかし、実際に子どものおかれている実情をしっかりと見るならば、すべての子どもがこれらの進歩の恩恵を受けているとはとうていえません。
今なお世界には1億2000万人ともいわれる強制的な児童労働があります。
児童買春、子どもの自殺、薬物依存など保護され成長する権利などないに等しい状況もあります。
体罰、虐待、訓練主義にはめ込もうとする教育、あるいはまったくの放置、放任など新しい子ども観からすれば容認できないことも絶えていません。
社会の中に、大人たちの間に、戦争や、暴力や差別がある限り、子どもに対しても暴力的な教育は生き延びるのです。
それどころか、今日の新しい条件の下でいっそう苛酷であったり、複合的であったり、大規模であったり、するといってもよいでしょう。
そのような意味で、現代の社会における子どもの観と教育保育の実態は、歴史的構成体としてとらえなければなりません。
子どもの存在と権利を尊重する見方や扱いとともに、それとは反対に子どもを大人の従属物とみなしたり、単に未熟なものとしてのみみる古い考え方と扱いが、社会にも私たちの中にもともと同居しているのです。
posted by aga at 15:09| Comment(13) | TrackBack(6) | 乳幼児の心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心理学〜子どもの世界へのまなざし

「子どもの発見」以後、もう一方では、近代科学の思想と方法の進歩とともに、子どもは大人と違ってどんなふうに考えたり行動したりするのだろうかという児童心理学的な関心が広がりました。
19世紀後半には、地球上の動物たちが長い年月をかけて現在のような姿になってきたという進化論を提唱したダーウィン(1809〜1882)は、子どもの成長と変化についても観察しました。
そして、子どもが生まれてからどのような経過で身体や行動や力を変化させていくのかについて、多くの児童心理学者や発達心理学者が細かい観察をはじめました。
ビネー(1857〜1911)、ビューラー(1893〜1974)、ゲゼル(1880〜1960)などの心理学者たちが提出した観察資料は、今日の児童・発達心理学研究にもしばしば使われるほど基礎的なものとなっています。
さらに20世紀になると、多くの観察や実験・保育・教育や医療の実践に基づいて、「子どもが大人になること」の原因・過程・結果(乳幼児や児童期の意味)が追究されるようになりました。
フロイト(1856〜1939)が起こした精神分析学派は精神発達における乳幼児期の重要性を説き、ピアジェ(1896〜1980)らは知的発達の研究から子ども時代が独特の思考世界もつことを解明して来ました。
ワロン(1879〜1962)やヴィゴツキー(1896〜1934)はそうした発達についての社会的関係、教育の特別の意義を指摘しました。ほかにも子どもというものがどのようにして一人前の大人になっていくのかについて多くの考え方が提示され議論されてきました。
遺伝_環境論争、発達と教育の関係について論争、発達段階の有無や段階の区切りについて議論がさかんにたたかわされてきました。
現在の乳幼児や児童の発達心理学の隆盛は未解決の問題を残しながらもこうした研究の発展を土台にしています。
posted by aga at 15:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 精神的な病への偏見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心理学〜子どもは保護され育てられる存在

子どもがある種の生活責任から自由な存在であり、「保護されるべき存在」「育てられ発達する存在」であるということは20世紀において理念的に達成された大きな進歩でした。
それ以前、人々の間に制度的支配関係があり、その精神や習慣が根付いていた社会では、子どもは保護されるどころか過度に労働尾の責任に負わせられたり、大人の従属物として勝手で乱暴な扱いを受けることがしばしばでした。
たいてい子どもの人生や生活は親の身分の家柄、血筋、職業などによって直接左右され、決定されていました。
小さな子どもでも親の社会的・経済的地位が低く生活が悲惨なものであれば、休んだり遊んだりする暇もなく労働に駆り立てられるようなことは常であり、命を絶たれたり売られたりすることもありました。
飢えと不健康、苛酷な暴力と児童労働、子捨てや子殺し、人身売買などの苦痛と恐怖に多くの子どもたちがさらされていました。
奴隷制、王制、など社会はさまざまに形を変えてきましたが、暴力的支配ヒエラルキーが存在している限り、その最下段には被差別下層民主や女性や障害者と並んで小さな子どもたちがいたのでした。
もちろん一方で、そのように人は人を支配する人間社会が生まれてくる以前の人類史の曙時代から、人々は子どもを保護して大切に育てる素朴な営みを持ち続けてきました。
もともと人間という生き物は、子どもを育てる動物群の一員です。地球の自然は何十億年の時間の流れと共に子どもを保護し、育てる生き物を生み出しその行動を発展させてきました。
私たちは身近に見る鳥や獣たちが自分の子どもを守るために、いかにきわめて細かく振舞うかを目にすることができます。
その具体的な行動は種によってさまざまですが生物学研究が明らかにしているように、人間はその中でも「保護」「子育て」行動をもっとも発展させた存在でした。
少ない子どもの数、長期にわたって親とともに生活する、そのためのコミュニケーション能力を小さいときから発揮しているなど、沢山の面で際立って「子どもを大事に育てる」動物なのです。
posted by aga at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 乳幼児の心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心理学〜子どもへのまなざし

1. 子どもは一人の権利主体
20世紀も終わろうとするとき、1989年11月、国連総会は、子どもに関する新たな条約を採釈しました。
「子どもを大人と対等の人間として見よう」と呼びかけたそのと「子どもの権利条約」(児童の権利に関する条約)こそ、新しい世紀に実現していくべき子ども像を提示したものでした。
エレン・ケイ(1849〜1926)が「子どもの喜びを尊重せよ、子どもの趣味を尊重せよ、子どもの時間を尊重せよ、まったくこれらの点に関しては、私たちは私たちが大人のそれらに対する場合、同様な態度をとらねばならない」(1990年)と声を上げたのは19世紀の終わりでした。
その先駆的な子どもの観は、それから約1世紀をかけて練り上げられ、ようやく全世界の良心が現実に向けて努力すべき約束事、条約としての姿を整えたのでした。
「子どもは大人と共に生きる一人の権利主体」この新しい見方は、これまで大人たちがもっていた素朴な子ども観を見つめなおすことを迫ってきます。
子どもとは・・・・・大人の付属物、従属物、保護されるべき弱いもの、小さくて未熟なもの、大人とは違って無邪気で純粋なもの、大人に向かって育っていくもの・・・・。
よきにつけあしきにつけ、子どもを見つめる大人の目には、「一人の権利主体」「対等パートナー」という姿は映っていなかったといえるでしょう。
私たちは21世紀を迎えるにあたってこの新しい子ども像を日常の具体的な生活や保育の場でどのように実現していけばよいのでしょうか。
克服すべき問題や困難も当然ありますが、親たち、保育者たち、教師たち、子どもにかかわるすべての大人たちが手を取り合って努力していくならば、きっと実現される創造力で素晴らしい課題でもあるでしょう。
posted by aga at 15:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 乳幼児の心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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